似顔絵工房Moon
HOME 商品一覧 ご注文ガイド お客様の声 よくある質問 法規の表示 お問合わせ
月岡哲郎写真
月岡哲郎
1941年新潟県豊栄市生まれ


その昔、新潟県の片田舎の小さな町で親父が「豊来館」という映画館を
経営していた。(後に豊栄映画劇場となるが今はない)
そんな関係で、ガキの頃から映画を浴びるように見る。嵐寛寿郎演ずる
鞍馬天狗がガキの頃の最初のヒーローで、美空ひばりは憧れのスターであり、
そして手塚治虫の漫画は少年時代のバイブルだった。
当時、映画は庶民の最大の娯楽であり、漫画は子供たちの最高のおやつだった。
中卒も高卒も金の卵と言われた時代、1960年高校を卒業すると集団就職
という格好で憧れの東京へ。
SL列車の上越線で当時は8時間ほどかかったと記憶している。
東京は安保闘争真っ只中、学生のエネルギーが充満していた。
当時ベンチャー企業だったプリント配線の工場への就職を皮切りに、
転職の人生が始まる。
私の青春時代は、正に激動の60年代を走り抜けてきたことになる。

かつて映画の黄金時代があった。その頃新宿歌舞伎町にあった
映画看板の会社で絵を、伊勢丹の展示装飾をやっていた会社で文字を習得。
グラフィックデザインに目覚め、桑沢デザイン研究所に入学。
昼働いて夜学ぶ生活はワクワクドキドキの連続。卒業してからも
ハラハラドキドキの人生は続く。
高度成長期の東京での生活は色んな意味で刺激的だった。

新宿商店街の販促の仕事、デザインプロダクションを経て11年間の東京生活に
ピリオドを打ち、1971年新潟に帰る。
新潟では広告制作会社、イベント会社、印刷会社でデザインの仕事に携わる。
一環してビジュアル・コミュニケーションの仕事に関わってきた。

1985年4月、新潟デザイン専門学校に勤務。
デザインの現場を渡り歩いてきた体験を生かし専門学校の学生たちに、
モノ作りのノウハウを自分流で教えてきた。
2001年3月、16年間にわたる専門学校生活にピリオドをうち定年退職をする。

21世紀を迎えたものの、価値観は乱れに乱れ、混沌の極みを迎えている。
先が見えないカオスの時代である。だからこそ20世紀の宝物を若者に伝えたい。
年表の末尾に一行だけ、私の履歴を挿入させていただいた。
20世紀に生きてきた、ささやかな私自身の証のつもりだ。

2004年2月よりジョイフル2新潟店にて粘土造形教室を開設。(第一・第三日曜)
同年3月より、同店にて毎週日曜日に「似顔絵パフォーマンス」を開始。
似顔絵は開業して11年目に突入。”一期一会”お一人お一人との出会いを大切に、
“日々精進”がモットー。お客様の感謝の笑顔が私のエネルギーになっている。

活動メモ
1994年11月 豊栄市デザイン塾にて講演 「福島潟のあるべき施設」
2002年10月 豊栄市中央公民館にて講演 「昔、町に映画館があった」
2003年 6月 豊栄青年会議所にて講演  「地域の活性化・夢をかたちに」
2004年 1月 新潟市青葉台自治会にて、出前講座 「20世紀を語ろうかい」
2004年 2月 新潟市屋外広告物講習会にて講演 「屋外広告の表示について」
2004年 2月 新潟市天寿苑にて景観講座講師 「暮らし・景観・街づくり」
2004年 2月 ジョイフル2新潟店にて、粘土造形教室の講師
2004年 4月 ジョイフル2新潟店にて、似顔絵パフォーマンスを開始
2008年 4月 分水町おいらん道中に出演
2008年 6月 アークベル創立50周年イベントに出演
2008年 6月 「悠遊6人展」で作品で立体作品発表
2008年 7月 川内自動車 夏祭りにて似顔絵席描き
2008年 7月 8月 月岡温泉 白玉の湯 泉慶にて似顔絵席描き
2009年12月 新潟まちの駅にて第一回「昭和の映画を語る会」開催
2013年 2月 市民活動にわか文化祭にて「歌と映像で綴る昭和の青春」に出演
2013年 7月 イタリア軒・歌声喫茶にて「歌でつづる明治・大正・昭和歌謡史」








トピックス
メールは こちら


私の自分史★巷の文化史