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渡辺平生(わたなべひらお)さんとの出会いは
2016年9月、お会いした場所はサロン・ド笑天街でした。
ちょっとお話しただけなのにすぐに意気投合
フーテンの寅さんの話で盛り上がりました。
若いのに私にはないものをもっている
豊かな感性の持ち主であり
人を喜ばせることに熱いものを持っている人
というのが私の第一印象でした。

平生さんから先日一通の手紙が送られてきました。
NHK学園の文章教室で学び課題として提出したという
寅さんについて書いた添削つきの文章の原稿
が同封されていたので、一気に読みました。
添削でA評価を受けていることに納得。
平生さんはしゃべりの巧みさに加え、
文章の表現もキラリとひかるものがありました。
ご本人の了解を得てここに紹介させていただきます


   

光の中の寅さん  渡辺平生


寅さんが光った。ラジオの中で光った。そして光った寅さんは、私の心のスクリーンの中に帰ってくると、こう言った。「よお、久しぶりだな。元気かい」  

昨年(2008年)の暮、NHKのラジオ深夜便を聴いていた私は、ふとそんな幻想を抱いた。俳優の渥美 清が生前詠んでいた、俳句の本が紹介されたのだ。  著者は元新聞記者でコラムニストの森 英介だ。著者自ら番組に出演し、アンカーとの話の中で、熱くフーテン俳句について語っていた。  えっ、あの寅さんが俳句!? いったいどんな俳句を作っているんだろう・・・・私は興味深く耳を傾けた。

お遍路が一列にいく虹の中

 
冒頭の句を聴いた私は、耳元から、す〜とラジオの中に引き込まれていく自分を感じた。本のタイトルは“風天”。言わずと知れたフーテンの寅からきている。

赤とんぼじっとしたまま明日どうする

蓋あけたような天で九月か


うーん見事、圧倒されてしまった。すぐに本屋に走ろうと思ったが、年の瀬の忙しさに追われて、手にしたのは、年が明けて、正月4日のことだった。  本には昭和48年から、平成8年まで作った220句が並ぶ。渥美 清が45歳から68歳の時の作品だ。

団扇にてかるく袖うつ仲となり


艶っぽい句である。艶っぽいと言うと、寅さんにはやっぱりマドンナとのロマンスが似合う。惚れっぽい寅さんが、毎回登場するマドンナに、いつもかなわぬ恋をする。最後はハッピーエンドにならないのに、なぜか清々しい気持ちになる。中でもシリーズ四作出演の浅丘ルリ子(歌手のリリー役)の場合は、寅さんもリリーも、本気で結婚を口にする場面がある。そんな時、見ているこちらの方も
 「リリーだったらうまくいくんじゃないか、ここいらで決めちゃえよ寅さん」 と応援したくなるのは、自然の流れではないだろうか。

うつり香の浴衣まるめてそのままに


この句もほんのりと美しい。  さて、大いなるマンネリといわれながらも、この映画が、なぜここまで人の心をひき付けてやまないのか。人それぞれ思いはあると思うが、私の場合は見るたびに「ほっ」とするからである。映画館の中で、老若男女が皆笑い、時には涙しながら楽しんでいる。それはついこの間まで誰もが持っていた、隣人への信頼や親近感といったものへの、ノスタルジーではないだろうか。

「生活」はあっても「くらし」のない時代だ。人間関係もネット社会の影響で、どこかぎすぎすしたものになっている。  今、百年に一度といわれる不景気だ。政治家は優柔不断で、先の読めない情況の中、一億総不景気化が進行しつつある。でも、一番不景気なのは、心の不景気だろう。  こんな時は、一人一人が夢や希望を投資して、元気や活気という配当を得ればよい。元手はお金はかからない、勇気という手数料がちょっとかかるだけ。
いいアイデアだと自負しているがどうだろうか。文字通り自分の株を上げることにつながるだろうから。  

本の中で「男はつらいよ」の山田洋次監督がこんなことを言っていた。 「ウーン、“入れ子”というのかな、車寅次郎の中に渥美 清が入っていて、その中に風天がいて、さらにその中に・・・。そのいちばん中に田所康雄が抜け出して亡くなってしまった。でも周りは残っている。
映画の観客や俳句を読む人にとってはいつまでも生きている。それが渥美さんの生き方だったんじゃないかな」と。

「入れ子」とは、寸法の違う同形の箱などを組み合わせ、大きなものに小さなものが重なって収まるようにしたものである。 フーンなるほど、この“入れ子”の発想を自分にあてはめてみればいい。個人、父親、勤め人、芸人、俳人といったふうに。

先日俳句歳時記を買った。しばらく書くことから遠ざかっていたが、この本を機にまた始めてみようかと思う。そんな気分にさせてくれた「男はつらいよ」の世界に感謝したい、ありがとう。 冬眠中の熊が春の気配を感じて動き出すように、一句始めてみる。

縁側でトマトかじれば蝉時雨 平生

おっと春を通り越し、夏まで行っちゃった。 春の陽のスポットライトを私に当ててくれた寅さんは、振り返ると映写機の脇でたたずんでいた。フィルムのカラカラと回る音の中で、「俺は又、旅に出るけど元気でな。あばよ」と笑った。寅さんはハイビスカスの花のように、キラキラとまぶしく光っていた。