映画の時代 -44-


(C) illustration by MOON


●作画部をスケッチする

ここで作画部の仕事場を覗いてみよう。スターの絵を描く場合、 直接看板に描くのではなく。模造紙に絵を描いて、それを看板に貼り付けるというやり方をしていた。 製作部から作画の依頼を受け、原稿として ポスターや、スチール写真を受け取ると、模造紙にB2くらいの濃さの鉛筆を使って絵の下書きをする。 指定された大きさに映画スターの写真を拡大する道具として反射式の単純な構造の幻灯機を使っていた。 写真を幻灯機の上に乗せ、電源を入れるとスターの顔が壁に大写しされる。 壁に模造紙を画鋲でとめて、顔の輪郭、目鼻、髪の毛、衣装などの境界線を 鉛筆でなぞって書いていく、という単純な作業だ。 この作業は作画部の新人が担当していた。

下書きをする絵は 全身像の場合もある。大きい看板の場合は、スターの顔のアップだけでも模造紙を4枚・5枚と使う場合もある。 幻灯機で映し出される画像は明るいところでは写らない。
工場の3階には、住み込みで働いている若者の部屋が6部屋あった。 それぞれの部屋の入り口前に、ちょっとしたスペースがある。ここのスペースで下書きの作業をしていた。 とても暗室といえるような部屋ではない。 作業をする時は窓に暗幕を張って暗室状態にしなければならない。 夏は幻灯機が発する熱が部屋にこもるため、ものすごい暑さになる。窓が暗幕で遮られているので、風が入ってこない。 もちろん冷房なんかはなかった。真夏になると、 ほとんど裸同然の格好で、汗だくになって仕事をしていた。

1階の制作室から階段を上ると、幅が2メートル、奥行き8メートルほどの、 ウナギの寝床のような細長い部屋がある。ここが作画室である。 階段を上がってくると、左側はベニヤ材の壁があり、右側には壁がなく木の欄干があった。 欄干越しに下を見れば、1階の制作室の様子が、全部見渡せるようになっていた。 4人のベテランの絵描きさんが、全員、壁に向かって一日中映画スターの絵を描いていた。
絵描きさんたちの椅子の右側には、それぞれ高さが50センチ程の絵の具台がある。 その上に、50個くらいの、茶のみ茶碗がびっしりと収まった木箱が、デンとおいてある。 キチンと収まった茶碗には、泥絵の具の原色から調合した、さまざまな色が入っている。 肌色だけでも色味が微妙に違う肌色が、5〜6色ほど作られている。 絵の具箱の脇に大小の筆が、所狭しと入っている筆箱、膠(にかわ)が入った缶、 大小の刷毛が入っている入れ物がある。 筆箱の手前に丸い大きな皿がある。この皿は絵の具を調合する、パレット として使う。皿のそばに、筆ふき用として古タオルが用意されている。 足元には水が入った、バケツが置かれている。絵の具を調合する時は、 膠と水を使って薄める時に、このバケツの水を使う。筆もここで洗う。

ここで、絵描きさんが1枚の映画スターの絵を描く手順を、レポートしてみることにしよう。 まず、絵描さんは、たっぷり水を含ませた刷毛を使って、壁に水を含ませる。 次に下書した紙を、濡らした壁面にぴたっと貼り付ける。 裏側に空気が入らないように手早く水刷毛で紙の上をなぞり画鋲でとめる。 紙を水気を含んだ状態にしておくことにより、絵の具ののりがよく、自然なぼかしができる。 いよいよ泥絵の具を使ってスターの顔から着彩開始だ。
通常、スターの顔は、明るめの肌色から下塗りしていく。その時に使う道具は 大きい絵の場合は刷毛、または幅がうんと広い平筆だ。 肌の色でも明るい色、暗い色、中間の色とさまざまな色調がある。 それぞれの色調を最初、塗り分けて下塗りをしていく。

次に、片ぼかしという手法を使って、明暗の色面を馴染ませながら整えていく。 平面的な映画スターの顔が、次第にメリハリの効いた、立体感のあるものになっていく。 さまざまな太さの筆を、縦横無尽に使いながら、目、鼻、口もと、耳と細部が描き込まれていく。 顔が出来あがると、髪の毛、衣装という具合に進んでいく。鮮やかな筆さばきだ。
最後は顔にハイライト、目にキャッチライトが入ると、生きているような映画スターの絵が完成する。 映画看板の「華」は何と言っても映画スターの顔の絵だ。絵描きさんは毎日違うスターの顔を描いている。 ベテランになると、絵も上手いし、描くスピードも早い。まさに名人芸といっても良い。 模造紙一枚に入る顔であれば、2時間もかからず描き終えてしまう。モタモタしていると 紙が乾いてくる。手早く描くのが、映画看板の絵の特徴とも言えるのではないだろうか。 泥絵の具は、何と言っても発色の良さにある。描き終わったスターの絵は、まさに輝いて見えた。



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